3月31日 今日は私の23回目の誕生日。 家じゅうをぴかぴかに磨き、ケーキを焼いた。料理も頑張った。 なのに夫は今日も午前様。連絡は受けていたけれど、もしかしたらの期待を抱いていたのに。 誕生日も祝えないなんて、私はあなたのなんなのよ? 仕事で忙しいって、付き合いが外せないって、そんなことは分かっている。 あの人の立場だと、個人の勝手を通せないんだってことも。 でも…… 「やっぱり私がわがままなのかなぁ」 私は今まで何度も繰り返してきた疑問を独り語つ。 ずっと家に閉じこもり、外に出るのは買い物のときぐらい。 何も変わらない、一人きりで過ごす日々。たまにお菓子なんて作ってみても、誰も喜ぶ人はいない。 そんな生活に疑問を持ったのは結婚してすぐのことだった。 それでも1年近くは我慢した。 何とかこんな状況を立て直そうと習い事を始めてみたりもしたけれど、それでも何も変わらなかった。 平穏だけれど単調な毎日は、1日、1週間、ひと月とあっという間に過ぎて行く。 こんな風に何もできないままで、あとどのくらいの時間を一人で過ごしていくことになるのだろうか。そう考えると言いようのない虚しさを覚えた。 だから私は賭けをしたのだ。 今日という日に……結婚してから最初の私の誕生日に、彼が少しでも私の気持ちに気付いてくれるようにと願って。 キッチンの時計の針が静かに重なり、午前零時の時を告げる。 日付が変わって今はもう4月1日。 私の誕生日は過ぎてしまった。 「ゲームオーバー……か」 私はそう呟くと、テーブルの上に並べていたお皿やグラスを流し台に運び、下ごしらえ済のお肉、作り置きのサラダやスープ、そして手つかずのケーキまでもすべてゴミ箱に始末する。 勿体ないとか、そんなことは考えなかった。 否、考えられなかったと言う方が正解だ。 もう見たくもない、彼のために準備していた食材なんて。 すべて片づけ、入浴を済ませると、キッチンとリビングの電気を消して寝室に行く。 午前1時30分。 まだ夫は帰って来ない。 「もう、寝よう」 怒りや気落ちや、そんな状況で果たして眠れるのか。 そんな心配をよそに、すぐに寝入ってしまったらしい。 彼がいつ帰ってきたのにも気づかないくらいぐっすりと眠った私は、翌朝いつもの時間に起き出した。彼に食べさせる朝ごはんの準備をしなければならないからだ。 隣りでこちらに背を向けて休んでいる夫の方は見なかった。 見たところで私の気持ちは最早どうなるものでもなかったけれど。 「おはよう」 「おはようございます」 7時少し前に彼が起きてきた。私は用意した朝食をテーブルに並べていく。 自分で注いだコーヒーを手に、新聞を広げる夫は多分何も気づいていない。 「史郎さん」 呼ぶと、彼は記事から目を上げこちらを見た。 「この前お話しした、プレゼントのことですけど」 「ああ」 彼はやっと思い出したといわんばかりの表情をすると、新聞を畳んでテーブルの隅に置いた。 「そういえば昨日が誕生日だったね。おめでとう」 「ありがとうございます」 その言葉を昨夜のうちに聞けたなら、どれだけ嬉しかっただろうと思いながら、私は口先だけのお礼の言葉を返す。 「それで、プレゼントは決まった?」 先日、彼からバースデープレゼントに何が欲しいかと希望を聞かれていたが、その時は即答せず答えを保留していた。だって私が本当に欲しいと思っていたのはものではなく、特別な日にあなたと過ごす時間だったのだから。 私はにっこり笑って頷くと、リビングのキャビネットからそれを取り出した。 「はい。これです」 テーブルの上に用紙を広げる。それを見た彼の眉間に皺が寄る。 「これは何だ?」 彼が苛立たしげに指先でコツコツテーブルを叩くのを見ながら、私は何度も事前に練習したセリフをよどみなく口にした。 「見ての通り、離婚届です。これにサインと印鑑を下さい。そして誕生日プレゼントとして、私に……自由を下さい」 HOME |